【25想】 アフターダーク / 村上春樹

アフターダーク (講談社文庫)


初めて村上春樹氏の本を読む


とても読みやすい文体で
さくさくと読めた。


なぜか印象に残った場面がある。

「もしもーし」と彼は言う。
「うまくやったと思っているかもしれないね」と男が抑揚を欠いた声で告げる。
「もしもし!」と店員はどなる。
「でもね、逃げられない。どこまでも逃げても逃げられない」、暗示的な短い沈黙があり、電話は切れる。


逃げられない


その言葉に恐怖に近い感情がわき起こった。


自分でも何から逃げたい
と思っているかよくわからないが、
逃げられない、という言葉にゾクッとした。


そしてそれと関連するかもしれないが
高橋の言葉も印象的であった。

つまりさ、なんかこんな風に思うようになってきたんだ。二つの世界を隔てる壁なんてものは、実際には存在しないのかもしれないぞって。もしあったとしても、はりぼてのぺらぺらの壁かもしれない。ひょういともたれかかったとたんに、突き抜けて向う側に落っこちてしまうようなものかもしれない。というか、僕ら自身の中に“あっち側”がすでにこっそりと忍び込んできているのに、そのことに気づいていないだけなのかもしれない。
(中略)
たとえば、そうだな、タコのようなものだよ。深い海の底に住む巨大なタコ。たくましい生命力を持ち、たくさんの長い足をくねらせて、暗い海の中をどこかに進んでいく。僕は裁判を傍聴しながら、そういう生き物の姿を想像しないわけにはいかなかった。そいつはいろんなかたちをとる。国家というかたちをとるときもあるし、法律というかたちをとるときもある。もっとややこしい、やっかいなかたちをとることもある。切っても切っても、あとから足が生えてくる。そいつを殺すことは誰にもできない。あまりにも強いし、あまりにも深いところに住んでいるから。心臓がどこにあるかだってわからない。僕がそのときに感じたのは、深い恐怖だ。それから、どれだけ遠くまで逃げても、そいつから逃れることはできないんだという絶望感みたいなもの。そいつはね、僕が僕であり、君が君であるなんてことはこれぽっちも考えてくれない。そいつの前では、あらゆる人間が名前を失い、顔をなくしてしまうんだ。
(中略)
僕が言いたいのは、たぶんこういうことだ。一人の人間が、たとえどのような人間であれ、巨大なタコのような動物にからめとられ暗闇の中に吸い込まれていく。どんな理屈をつけたところで、それはやりきれない光景なんだ


村上春樹氏のスピーチの「システム」を思い出した。
その時彼は、卵の側につく、と言った。

「・・・ねえ、少し歩かない?」とマリ言う。
「いいよ。歩こう。歩くのはいいことだ。ゆっくり歩け、たくさん水を飲め」
「何、それ?」
「僕の人生のモットーだ。ゆっくり歩け、たくさん水を飲め。」

(中略)

「そういう面倒なことは、普段はなるたけ考えないようにしているんだ」と高橋は言う。「いちいち考えても仕方のないことだからさ。今日から明日へと、ごく普通に生きていくしかない」
「たくさん歩いて、ゆっくり水を飲めばいいのね」
「そうじゃなくて」と彼は言う。「ゆっくり歩いて、たくさん水を飲むんだ」
「とくにどっちでもいいみたいだけど」
高橋はそれについて頭の中で真剣に検討する。「そうだな、そうかもしれない」

ゆっくり歩け、たくさん水を飲め。


そういえば、いつからか、どこか忙しなく
歩いている(走っている)自分に気づいた。


何かに対して焦っている自分。


ゆっくり歩く、か・・・。


なぜかその言葉が頭から離れない。