【50〜51想】 死ぬことと見つけたり / 隆慶一郎

死ぬことと見つけたり〈上〉 (新潮文庫) 死ぬことと見つけたり〈下〉 (新潮文庫)
面白かった。杢之助と萬右衛門のファンになってしまった。かっこよすぎる。
いくら物語とはいえ、このような人たちがいたということに驚きと、そして日本人として誇りを持ってしまう。

必死の観念、一日仕切りなるべし。毎朝身心をしずめ、弓、鉄砲、槍、太刀先にて、すたすた(ずたずた)になり、大浪に打取られ、大火の中に飛入り、雷電に打ちひしがれ、大地震にてゆりこまれ、数千丈のほき(崖)に飛込み、病死、頓死等死期の心を観念し、朝事に懈怠なく、死して置くべし。古老曰く、「軒を出づれば死人の中、門を出づれば敵を見る」となり。用心の事にはあらず、前方に(あらかじめ)死を覚悟し置く事なりと
(中略)
朝、目が覚めると、蒲団の中で先ずこれをやる。出来得る限りこと細かに己の死の様々な場面を思念し、実感する。つまり入念に死んで置くのである。思いもかけぬ死にざまに直面して周章狼狽しないように、一日また一日と新しい死にざまを考え、その死を死んでみる。新しいのがみつからなければ、今までに経験ずみの死を繰返し思念すればいい。

杢之助が死を恐れぬ理由。
それはもうすでに死んでいるから、死人なのである。


「死」とは何か、というのは自分の中の大きなテーマであるが、
それを深く考えさせられた。


自分が彼らに深く惹かれる理由。


それがまだうまく自分の中で整理できない。